ピロリ菌が招く病気

幼少期に感染し、強い生息力によって胃の中で生息し続けることでさまざまな病気を引き起こすピロリ菌。中には命が危険にさらされるような病気もあるため、感染が確認されしだい速やかな除菌が求められます。こちらでは、代表的なものから希少なものまでピロリ菌によって招かれる病気を列挙し、それぞれの症状についてお話します。

重篤な胃の疾患を未然に防ぐため、ピロリ菌に関する基本的な知識を身に着けておきましょう。

慢性胃炎(ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎)

慢性胃炎は胃の中の炎症が広範囲に広がり、慢性的に継続する病気です。

ピロリ菌の感染によって起こる慢性胃炎は「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」と呼ばれます。ヘリコバクター・ピロリが胃に感染すると胃の粘膜が萎縮し、萎縮性胃炎を起こします。また胃潰瘍、十二指腸潰瘍などその他の胃の疾患に移行することもある警戒すべき病気です。ピロリ菌を除菌すると胃炎の進行を止めるため、早めの除菌治療が求められます。 後述する萎縮性胃炎は自己免疫の異常によって起こることもありますが、ほとんどのケースにおける原因はピロリ菌です。

慢性胃炎単体で発症したとしても過度に悪化することはありませんが、生活習慣によっては重篤な症状に発展します。バランスの悪い食生活、睡眠不足、ストレス、アルコール、喫煙、内服薬(痛み止めなど)などは慢性胃炎を悪化させる要因です。

萎縮性胃炎

萎縮性胃炎は胃酸を分泌する組織が減少し、胃の粘膜が「萎縮」した状態になる病気です。

慢性胃炎が長期間にわたって継続すると発展して起こります。萎縮した胃粘膜は食べ物を消化する機能が低下するため、時に食欲不振や胃もたれといった症状が出現します。 慢性胃炎の長期化によって起こることから、ほとんどのケースでは胃を検査するとピロリ菌の陽性反応が出ます。極度に萎縮が進行すると、胃の粘膜が腸の粘膜に置き換わり始める「腸上皮化生」という状態に移行します。この状態になると胃粘膜は深刻なダメージを受けており、生命力の強いピロリ菌ですら生息ができません。この段階で検査をするとピロリ菌反応は陰性となりますが、胃がんへの発展リスクは極めて高い状態です。

胃潰瘍

胃の中の胃壁は食物を消化するための胃酸を分泌していますが、同時に胃酸から胃を守る胃粘液も分泌しています。しかし、何らかの要因によって胃酸と胃粘液の分泌バランスが崩壊すると、胃酸が胃壁にダメージを与え、組織が失われます。この状態が胃潰瘍という病気です。胃潰瘍はさまざまな原因によって起こりますが、ピロリ菌の感染は代表的な原因です。 主な症状として、みぞおち部の鈍痛、胸焼けや吐き気などがあげられます。胃壁のダメージにより出血が起きている場合は、血が混じったコールタールのような便が出る場合もあります。 ピロリ菌のほか、喫煙やストレスも代表的な原因です。痛み止め(非ステロイド性抗炎症剤)の服薬による薬剤性の胃潰瘍もあります。

十二指腸潰瘍

十二指腸潰瘍は胃の出口から続く十二指腸の組織に胃酸によるダメージが及ぶ病気です。胃潰瘍と同様、胃酸と胃粘液の分泌バランス崩壊によって起きます。症例のほとんどはピロリ菌感染によって引き起こされています。 痛み、吐血、下血といった症状は胃潰瘍と同様です。十二指腸の組織は胃壁よりも筋層が薄いため、胃酸によるダメージを受けやすく、出血しやすい傾向があります。 出血している場合は、内視鏡治療による止血が必要です。また、ピロリ菌の存在が認められる場合は、除菌治療も行われます。

胃がん

長期間のピロリ菌感染によって引き起こされる胃の粘膜の萎縮状態は胃がんの発症リスクを高めます。以前より胃がんとピロリ菌には密接な関係性が指摘されており、過去の調査では胃がん発症者の約90%以上にピロリ菌感染歴があることがわかりました。1994年には、WHO(世界保健機関)によって、タバコとアスベストと同じ「確実な発がん因子」として認定されています。 早期胃がん多くの場合無症状です。進行するにつれて腹痛や食欲不振、吐血や下血、貧血といった症状が現れます。後期のステージでは、死亡率も高い危険な病気です。

一方で、ステージ1の段階では死に至るケースはほとんどありません。早めに内視鏡検査を行い、ピロリ菌の除菌治療に着手することが重要です。 また、塩分を多く摂取しているピロリ菌感染者ほど胃がんの発生率が高くなることがわかっています。ピロリ菌の除菌後は、塩分を抑えた野菜中心の食生活への切り替えなど食事療法が推奨されます。

ピロリ菌感染が引き起こすその他の病気

胃マルトリンパ腫

マルトリンパ腫は血液中のリンパ球にできる癌であり、胃に発症することあります。胃マルトリンパ腫の最もたる原因はピロリ菌感染と言われております。腹痛や胸焼け吐血などが代表的な症状ですが、無症状のまま健康診断で発見されるケースも少なくありません。胃がんなど代表的な胃の疾患と比較すると、珍しい病気です。

特発性血小板減少性紫斑病

特発性血小板減少性紫斑病は、血液中の血小板を破壊する抗体が生まれることにより、血小板数が減少してしまう病気です。血小板は出血を止める役割を担っているため、減少すると出血しやすく、血が止まりにくい状態になります。重篤なケースでは、脳出血が引き起こされることもあります。ピロリ菌感染は特発性血小板減少性紫斑病の原因として確認されており、ピロリ菌感染が認められればまずは除菌療法が行われます。

機能性胃腸症

胃痛、胸焼け、吐き気といった胃の疾患に代表的な症状が現れているのにもかかわらず、胃の異常や病変が認められないケースがあります。このような症例に対して、以前は「ストレス性胃炎」や「神経性胃炎」、「胃けいれん」といった名称が用いられていました。あるいは慢性胃炎の一種であるという意見もありました。現在は、機能性胃腸症という名前で呼ばれています。 依然として謎が多い病気であり、ピロリ菌との明確な関連性はわかっていません。一方で、ピロリ菌感染が認められた場合は除菌を行うと症状改善が見られる場合があることから、治療においては内視鏡検査と除菌処置が行われます。

胃過形成性ポリープ

胃にできるポリープには「胃過形成性ポリープ」「胃底腺ポリープ」「腫瘍性ポリープ」といった種類がありますが、このうちピロリ菌との関連が深いのは胃過形成性ポリープです。主に胃の出口付近に出現し、キノコ状・半球状などさまざまな形を成します。出血が起きた場合は、貧血が引き起こされる場合もあります。ピロリ菌が原因となっている場合は、除菌を行うことで消失していくことがあります。

早期胃がん内視鏡治療後胃

ピロリ菌が原因で起きた胃がんは、再発しやすいことで知られています。胃がんに対して内視鏡治療をしたケースの約3%で、毎年新しい胃がんが見つかっています。ピロリ菌の除菌を行うことにより、胃がんの再発率を軽減できることがわかりました。このことから、早期胃がんに対して内視鏡治療を行った方には、定期的な内視鏡検査、除菌治療が奨励されています。

胃の病気を防ぐためにはピロリ菌の除菌を

ピロリ菌は上述したように多くの病気の原因となります。ひとつひとつの病菌の発症率は高くありませんが、胃の中に生息しているピロリ菌が何らかの病気を引き起こす可能性は否定できません。日本でも戦後間もないころは上下水道が整備されておらず、衛生環境が十分とは言えませんでした。そのためピロリ菌感染率は、若年者に比べ、年齢とともに中高年層の方が、高くなる傾向が分かっております。 胃の中で強い生命力を維持するピロリ菌を駆逐するためには、除菌治療が必要です。ピロリ菌を除菌してしまえば、上述した病気につながるリスクをひとつ消滅させられます。

ピロリ菌検査が陰性でも病気のリスクはある

ピロリ菌の感染状況を確認するために、内視鏡検査が実施されます。感染状況を判断する指標として「陰性」「陽性」がありますが、検査結果が陰性だったとしても決して油断はできません。陰性という検査結果は、必ずしも「未感染」を意味するわけではありません。 ピロリ菌検査が陰性でも警戒していただきたいケースを以下にご紹介します。

除菌した後(過去に感染した経験がある)

過去に、感染したピロリ菌を除菌した経験がある場合、その後の検査では陰性反応の検出が多くなります。一方で、胃粘膜へのダメージは残っているため、ピロリ菌に未感染の胃と比較すると大幅に胃の粘膜の環境は荒れています。このような場合は、検査結果が陰性でも定期的な内視鏡検査で経過を見守っていく必要があります。

ピロリ菌の自然消失

特に除菌治療を行っていなくても、胃の中のピロリ菌が自然と消失していることがあります。これには、他の病気で使用した薬剤が偶然ピロリ菌の撃退したケースや、胃炎の結果としてピロリ菌が生息できなくなるほど胃粘膜がダメージを受けているケースが考えられます。とりわけ後者は陽性反応が出ているときより胃がんへの発展リスクが高いため大変注意しなくてはいけません。

偽陰性

「ピロリ菌が存在しているのにもかかわらず、検査結果が陰性になってしまう状態」を「偽陰性」といいます。数値が陰性・陽性の境界値に近いケース、抗生剤・ステロイド剤などを服用しているケース、自己免疫の力が低下しているケースでは、偽陰性と判定されることが多いようです。検査結果は陰性ですが事実上は陽性のため、速やかに専門医を受診し、他の代替検査などを相談し、ピロリ菌感染の有無を調べる必要があります。

ピロリ菌感染者の胃粘膜

健康な胃粘膜の表面は、つるつるとしておりとてもきれいです。一方、ピロリ菌感染者の胃粘膜はヒダが隆起しており、赤く腫れている傾向があります。ピロリ菌感染を調べる際には検査結果ではなく、内視鏡検査による胃粘膜の状態を観察し、総合的に判断する必要があります。

監修医紹介

加藤 貴志 院長(かとう たかし/Takashi Kato)

咳(せき)の検査・診断 担当医 加藤 貴志 院長 (かとう たかし/Takashi Kato)

経歴

1998年自治医科大学卒業
2007年東北大学大学院医学博士課程修了、東北大学病院移植・再建・内視鏡外科 他
2016年〜現職

備考

医学博士 日本外科学会専門医 日本消化器外科学会 日本内視鏡外科学会 日本臨床外科学会 日本再生医療学会 日本抗加齢医学会 総合診療認定医